『レプリカント』は、実は“人類を救う物語”ではなく、主人公たちが知らないうちに人類最後の希望を壊してしまう物語。
そして『オートマタ』は、その約8500年後の「人類がもう存在しない世界」の話です。
公式にも『Replicant』は『Automata』の世界が形成される始まりの物語と説明されています。
まず最大の前提:主人公ニーアたちは「人間」ではない
『レプリカント』の世界では、昔の人類が白塩化症候群という致死的な災厄に襲われ、そこで人類は「ゲシュタルト計画」を開始します。
簡単に言うと、
人間
↓
魂と肉体を分離
↓
魂=ゲシュタルト
身体のコピー=レプリカント
という仕組みです。
病気が消滅するまで魂をゲシュタルトとして保存しておき、その後、健康なレプリカントの身体に魂を戻せば、人類復活!
……という予定でした。
ところが大問題が起きます。
本来ただの「魂を入れる器」だったレプリカントが、
自我を持ってしまったんです。
だからニーア、ヨナ、カイネたちは、自分たちを普通の人間だと思っています。
そして彼らが「マモノ」と呼んで殺しまくっていた存在こそ……
元々の人間の魂=ゲシュタルトです。
これが『レプリカント』最大の真相です。
ニーアと「魔王」の正体
さらに残酷なのがここです。
ゲーム冒頭に出てくる、ヨナを守っている少年ニーア。
あれが実は、
本物の人間ニーアです。
彼はゲシュタルト化し、その後「オリジナル・ゲシュタルト」と呼ばれる特別な存在になります。
ゲーム本編で操作しているニーアは、その身体から作られた
レプリカント・ニーアです。
つまり、
主人公ニーア
=本物のニーアの身体コピー
で、
魔王
=本物のニーアの魂
ということなんです。
これを知った瞬間、
「魔王からヨナを取り戻す」
という王道RPGだった物語が完全にひっくり返ります。
ヨナも同じ
ヨナにも
- ゲシュタルト・ヨナ
- レプリカント・ヨナ
が存在します。
魔王ニーアは1000年以上、
自分の妹を救うために待ち続けていました。
でもゲシュタルト・ヨナは崩壊しかけています。
そこで魔王は、
「もう待てない。レプリカント・ヨナの身体に妹の魂を戻そう」
と考えます。
だからヨナをさらったんです。
つまり魔王からすると、
「知らない人格が勝手に使っている妹の身体を、本来の妹に返した」
だけとも言えます。
主人公側からすると誘拐ですが、魔王側からすると妹を取り戻しただけなんですよね。
このゲーム、視点が変わるだけで善悪が全部崩れます。
デボルとポポルは何者だったのか
デボルとポポルも人間ではありません。
ゲシュタルト計画を管理するアンドロイドです。
世界中に同型機が存在していて、ニーアの村のデボル&ポポルは、この地域のレプリカントとゲシュタルトを管理していました。
だから彼女たちはニーアを利用して、
- 白の書
- 黒の書
- 封印されし言葉
などを集めさせ、
最終的にはゲシュタルトとレプリカントを再融合させようとしていました。
でもニーアにはそんな事情はわかりません。
ニーアからすれば、
「妹を助けたい」
だけです。
ここが悲劇なんですよね。
Aエンド
ニーアたちはデボルとポポルを倒します。
さらに魔王の城へ行き、
魔王=ゲシュタルト・ニーアを殺します。
ゲシュタルト・ヨナは、レプリカント・ヨナの身体の中で「もう一人のヨナが泣いている」ことに気づき、自分から身体を手放して消滅します。
その結果、レプリカント・ヨナが戻ってきます。
主人公視点では、
「ニーアが妹を救った!」
というハッピーエンドです。
ところが世界規模では、
最悪の結末です。
なぜなら魔王ニーアは「オリジナル・ゲシュタルト」であり、他のゲシュタルトが崩壊しないための重要な存在だったからです。
彼を殺したことで、
ゲシュタルト計画そのものが事実上詰みます。
Bエンド
基本的な出来事はAと同じです。
ただし、マモノ側の視点や言葉が理解できるようになります。
そこでプレイヤーは、
「あれ……俺、普通に会話できる人たちを殺してたんじゃ……」
となります。
狼たちもロボット山の敵もマモノたちも、それぞれに感情や事情があります。
最後には魔王ニーア側の気持ちも描かれます。
だからBルートは、
「Aルートで英雄だと思っていた自分たちが、別の視点では虐殺者だった」
と突きつけるルートですね。
Cエンド
魔王を倒したあと、カイネの中にいたマモノ・テュランが暴走します。
カイネを救うための選択を迫られます。
Cでは、
ニーアがカイネを殺します。
カイネはニーアに感謝しながら死にます。
かなり救いのない終わりです。
Dエンド
もう一つの選択です。
ニーアはカイネを救う代わりに、
「自分自身の存在」を代償として差し出します。
これがとんでもないんです。
ニーアは単に死ぬのではなく、
世界からニーアという存在そのものが消えます。
みんなの記憶からも消えます。
ヨナもカイネも、
「誰か大切な人がいたような……」
という感覚だけが残ります。
そしてセーブデータまで削除される、あの演出です。
公式の『Automata』以前の解説でも、『Automata』へ続く基本ルートはこのDエンドとされています。
そしてEエンド
リメイク版『ver.1.22474487139…』で追加された部分です。
Dエンドから3年後の話になります。
カイネはニーアのことを覚えていません。
でもずっと、
「何かものすごく大切なものを失った」
という感覚だけが残っています。
そして彼女は「神話の森」へ向かいます。
そこで明らかになるのが、
巨大な樹=ただの樹ではなく、膨大なデータを蓄積している量子サーバー
だったということです。
中にはレプリカントに関する記録や記憶が保存されています。
そこで登場するのが謎の
少年と少女の管理者です。
見た瞬間、
「9Sと2Bじゃん!」
ってなる二人ですね。
実際、2B・9Sと同じ声優が演じており、外見も意図的に似ています。
ただし、この二人が文字通り2Bと9S本人という設定ではありません。
あくまでシリーズを繋ぐ意図的なモチーフとして描かれています。
カイネがニーアを取り戻す
カイネとエミールは量子サーバー内部を進み、
消去されたニーアのデータを発見します。
そしてカイネが管理システムを突破した結果、
ニーアが再構築されます。
巨大な月の涙の中で、カイネが復活したニーアを抱きます。
これがEエンドです。
Dエンドの
ニーアがカイネを救う
に対してEでは、
カイネがニーアを救う
という綺麗な対になっています。
じゃあEエンドで全部解決した?
していません。
ニーアは帰ってきました。
カイネもニーアを思い出しました。
エミールもいます。
でも、
ゲシュタルト計画は復活していない
魔王=オリジナル・ゲシュタルトはすでに死亡しています。
デボル&ポポルも死亡しています。
ゲシュタルトはどんどん崩壊していきます。
レプリカントは本来、人間の身体を再生するための存在なので、永遠に種として繁殖していけるわけでもありません。
つまりニーアたちは幸せを取り戻しましたが、
人類全体はもう助かりません。
ここがものすごくニーアらしいところです。
そして人類は滅亡する
レプリカントの出来事から数百年後。
西暦4198年、人類は完全に絶滅したとされています。
つまり『オートマタ』で、
「人類は月に避難している」
と言われていましたが……
あれは嘘です。
生きた人間は、
もう一人もいません。
ここで『オートマタ』につながる
『Automata』の西暦は
11945年。
レプリカントの本編が3470年前後なので、
ざっくり
8500年後です。
ものすごい未来ですね。
流れを並べるとこうなります。
現代
↓
白塩化症候群
↓
ゲシュタルト計画
↓
魂=ゲシュタルト
身体=レプリカント
↓
レプリカントが自我を持つ
↓
3470年ごろ
『ニーア レプリカント』
↓
ニーアが魔王を殺す
↓
ゲシュタルト計画崩壊
↓
Eエンド
ニーア個人は復活
↓
4198年ごろ 人類絶滅
↓
5012年 エイリアン襲来
↓
機械生命体 vs アンドロイド
↓
約7000年間戦争
↓
11945年
↓
『NieR:Automata』
『Automata』の「月の人類」の正体
じゃあなんでアンドロイドたちは
「人類のために!」
と言って戦っているのか。
これが『Automata』最大級の真相です。
アンドロイドはもともと、
人類を守るために作られた存在です。
でも人類が絶滅してしまいました。
すると、
人類を守るために存在するのに
守る人類がいない。
という存在意義の崩壊が起きます。
そこで後に作られたのが、
「人類は月で生きている」という嘘
月には人類そのものではなく、旧人類やゲシュタルト計画などに関するデータが保存されています。
『Automata』内のデボル&ポポルの記録でも、オリジナル・ゲシュタルトの喪失によって人類滅亡が避けられなくなり、残されたデータを月へ送ったことが語られます。
そしてその嘘を維持するシステムの一部が、
ヨルハ計画です。
「人類は月にいる」
「我々は人類のために地球を取り戻す」
という目的をアンドロイドたちに与えました。
だから2Bたちが叫ぶ、
Glory to Mankind.
人類に栄光あれ。
って……
もう存在しない人類に向かって言っているんです。
これをレプリカント後に聞くと、めちゃくちゃ重いです。
デボル&ポポルがオートマタにもいる理由
ここも前作を知っていると意味が180度変わります。
『Automata』に出てくるデボル&ポポルは、
レプリカントの二人本人ではありません。
同じ「デボル・ポポル型アンドロイド」の別個体です。
世界各地に同型機が存在していました。
ところがレプリカント世界で、
あるデボル&ポポルがニーアを止められなかった
↓
ゲシュタルト計画崩壊
↓
人類絶滅
となってしまいました。
その結果、
デボル・ポポル型全体が戦犯扱いされた
多くが処分され、生き残った個体には「罪悪感」を抱くようなプログラムまで施されました。
だから『Automata』のデボル&ポポルは、妙に自己犠牲的だったり、周囲から冷たく扱われたりします。
彼女たちは、
8500年前の別個体が犯した「罪」を背負わされています。
これはレプリカントをやった後だと猛烈につらいです。
そしてエミール
実はエミールも生き延びていました。
しかもエイリアンが襲来したとき、
地球を守るため自分自身を大量に複製しました。
結果として大量のエミールが生まれます。
ただし何千年という年月の中で、複製されたエミールたちは記憶を失っていきます。
だから『Automata』に登場するエミールは、
厳密には
レプリカント時代のエミール本人そのものというより、彼から生まれた複製体の一体です。
本人の記憶の断片は残っています。
そしてあのショッピングモールにある、
カイネの家。
月の涙。
エミールの記憶。
全部レプリカントに繋がっています。
ここ、前作をやった後にAutomataで見ると破壊力がヤバいです。
つまり2作品の関係を一言で言うと
これが一番わかりやすいと思います。
『レプリカント』
人間だと思っている「人間ではない者たち」が、愛する人を救おうとして、本物の人類を滅亡させてしまう話。
↓
『オートマタ』
人類が絶滅した後、人類を愛する「人間ではない者たち」が、存在しない人類のために戦い続ける話。
ということなんですよね。
この構造がめちゃくちゃ美しいと思います。
レプリカントでは、
「偽物の人間」が人間らしく生きます。
オートマタでは、
「機械であるアンドロイド」が人間らしく生きます。
さらに敵の機械生命体まで、
愛、家族、宗教、国家、死、恐怖、性、文化……
「人間とは何なのか?」
を学び始めます。
だから実は『Replicant → Automata』って、ストーリーそのものより、
人間が消えていくほど、世界が人間らしくなっていく
というテーマで強烈につながっているんだと思います。
そして何より皮肉なのが、
ニーアはヨナを救いましたし、カイネはニーアを救いました。彼ら個人の願いは叶いました。でも、その代償として人類は滅びました。
これを知った状態で『Automata』をもう一度やると、デボル&ポポル、エミール、月面人類会議あたりの見え方が全くの別物になりますよ。
